17歳へのメッセージと読書の関係
20代もあと1155日となるこの頃。
> もし良かったら、17歳と読書の関係、
> お聞かせ頂けたら嬉しいです。
とリクエストをいただいたので。
sotaの17歳は、
教養としての文学=マンガでした。
手塚治虫のブッダや火の鳥、ナウシカ、
はだしのゲン、AKIRAなどいわゆる古典
に触れながら生と死を想像してました(教室で)。
あとはJ−popにはまるように吉本ばななや
村上龍。村上春樹はわからなかった。
浪人が決定して、予備校に入ってからは前出の
「苦役に耐えるようにして読まなければならない書物」
と出会いました。
予備校の英語担当、西きょうじ先生に
「新書100冊も読まないやつは教養がない」
と言われ、必死で読んだ。
で、マックスヴェーバーやら内田義彦やらわけも
わからず読んだ。ニーチェは父親の本棚から
とりだして勢いに圧倒されつつ、読んだ。
でも、一番読んだ動機は簡単で
惚れた女性がいたから。
会話に出てきたり、その人に家の本棚に
並んでいるガルシアマルケスや阿部謹也と
いった人の名前を「知らない」なんて言えない。
名前を覚えて、必死で読んで次回に挑む。
「知的スケベ根性」があったわけです。
ただ「本読もう」といっても難しいから
いま、自分が17歳に向けて伝えるなら
「自分を引き上げてくれるだけの経験と
知性を持った異性に惚れましょう」と。
いい男とは、という幻想にうまく
振り回されること。
不能の経験、
結果としての成熟。